Emerson Lake & Palmer / エマーソン・レイク・アンド・パーマー

Emerson Lake & Palmer / エマーソン・レイク・アンド・パーマー
Biography

エマーソン・レイク・アンド・パーマー(Emerson, Lake & Palmer) は、キース・エマーソン、グレッグ・レイク、カール・パーマーの3人により、1970年に結成されたイギリスのプログレッシブ・ロックバンド。英語圏では「ELP」の略称で呼ばれることもある。

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Emerson Lake & Palmer のアルバム

 ・ Emerson, Lake & Palmer (1970)

 ・ Tarkus (1971) / タルカス

 ・ Pictures at an Exhibition (1972) / 展覧会の絵

 ・ Trilogy (1972) / トリロジー

 ・ Brain Salad Surgery (1973) / 恐怖の頭脳改革

Emerson Lake & Palmer の概要

クラシック音楽に傾倒し、ムソルグスキー作曲の『展覧会の絵』を独自に編成したり、シンセサイザーを導入したことで知られるバンドである。各人がそれ以前のバンド活動で既に名声を得ていたことで、「スーパーグループ」と呼ばれていた。活動のピークは結成時から1974年といわれている。この間に、4作のスタジオ録音アルバムと2作のライブ・アルバムを発表し、その全てが母国イギリスのヒット・チャートのトップ5圏内に入り、アメリカではトップ20圏内に入っている。1972年には来日も果たし、後楽園球場で約35000人を集めたコンサートを行っている。 クラシックを取り入れたユニークな音楽性と演奏スタイルが支持されて、プログレッシブ・ロックの代表的なバンドとして人気があり、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスとともに「プログレッシブ・ロック四天王」、あるいは、ジェネシスを加えて「プログレッシブ・ロック5大バンド」とされている。

Emerson Lake & Palmer の活躍と経歴

ザ・ナイスを率いていたキース・エマーソンは、他のメンバーの力量に不満を抱くようになり、新しいバンドの可能性を模索し始めた。一方、1969年、イギリスでキング・クリムゾンがアルバムの『クリムゾン・キングの宮殿』デビューした。このアルバムでベースとヴォーカルを担当したのがグレッグ・レイクだった。1969年暮れ、レイクはキング・クリムゾンのアメリカ公演中のフィルモア・イーストでザ・ナイスと共演する機会があり、この時、エマーソンと意気投合した。この頃、レイクはエマーソンかジミ・ヘンドリックスのいずれかとバンドを組みたいと考えていた。1970年の2月に意見を交換しはじめ、お互いに現在のバンドを離脱し、新しいバンドを結成する計画を進めた。同年4月、当時アトミック・ルースターにいたカール・パーマーがドラムスにスカウトされ、3人の陣容が整った。レイクはモーグ・シンセサイザーの導入をエマーソンに提案し、彼らの音楽的個性の結実に繋がることとなる。当初、バンド名を「トライトン(Triton)」にするというアイディアもあったが、結局、3人のファミリー・ネームを並べた「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」となり、1970年6月に結成が公表される。3者とも既に知名度と人気を獲得していたため、デビュー当時からマスコミも注目し、「スーパー・グループ」と呼ばれていた。